Незабываемое путешествие в Японию

[ 82号 ]松山市 ロシア兵・墓地 (・制作 田村文彦  ・レポート編集及び撮影  柴田敏雄 ・ コーディネート 﨑山和義  ・ロシア兵保存会の皆様  ・協力  﨑山カーサービス) 会員のみ閲覧可
1904年から勃発した日露戦争に於いて、早くも3月には、早速 ロシア人捕虜が、日本で初めてとなった松山の捕虜収容所に連行されたとの事は、日本の歴史上 有名な話である。当時 市民が3万人であるが、捕虜の総数は6000名を越えていた。
  ロシア兵捕虜の松山での生活は、日本兵と変わる事無く、おもてなしを受けていた。道後温泉にも自由に入浴も出来、学校の運動会、市民の活動にも参加する等、自由な捕虜収容の生活を満喫していた。このような生活を諸外国の記者たちによって世界へ報道された。
 6000名を超えるロシア人捕虜の内、4000名を少し超える捕虜が傷病兵だった。そのような傷病兵を収容する病棟が必要となり、現在の愛媛大学城北キャンパス、松山市立東中学校、東雲小学校、日本赤十字病院、松山歩兵22連隊の訓兵場当たりに33棟のバラックの病棟を建て、そこに収容し看護した。しかし、故郷への帰還もむなしく98名の捕虜が埋葬された。
 埋葬された墓地は、その後、殆ど 半世紀もの間 放置されていたが、1960年に松山市が土地を買収し、散在していた墓地を一つにまとめた。
その時期より、道後の婦人会や老人会がお彼岸にお花を生けたりしていたが、1983年に、墓地の近所にある勝山中学校の京口和雄教頭(初代 ロシア兵墓地保存会 会長)が 立ち上 がり、生徒会に働きかけ、松山市立勝山中学校 生徒会として 「ロシア兵墓地清掃奉仕活動」 墓地の清掃が始まり 現在に至っている。
勝山中学校 生徒会の皆さんの奉仕活動と道徳教育の徹底と意味深さ・祖国へ向けての墓石がきっちりと整備されており、人間としての望郷の念を尊敬していること。
・敵味方や国境なく「全人類愛の視点」で墓石の誕生から今日までこれが継続されていることの倫理観をみんなが理解し共鳴していく地域社会が保たれている事のすばらしさを感じる。
[ 81号 ]東郷平八郎元帥の軍服 贈呈式典 ・ St. Petersburg ( ・制作 田村文彦  ・レポート編集及び撮影  柴田敏雄 ・ロシア コーディネート Кравец Ингаクラベツ インガ  ・日本側 調整  阿部 修 ・軍装研究家  原 知崇  ・協力  東郷神社  三笠保存会) 会員のみ閲覧可
1905年5月27日に福岡県宗像市の沖に位置する「沖ノ島」西方と対馬の東部に位置する海域で、日本連合艦隊と、帝政ロシアのバルティック艦隊が戦った。その海域に位置する沖ノ島は、「神やどる宗像関連遺産群」として世界遺産登録となっている。しかし、沖ノ島には上陸が出来ない為、福岡県宗像市大島の「日本海海戦 戦没者慰霊碑」が建立されている広場には多くの人々が訪れている。海抜120mの広場は、とても見晴らしがよく、両艦隊が戦った海域を眺め、当時の戦いをイメージできる。
2018年は、「ロシアにおける日本年」 「日本におけるロシア年」と両国政府にとっては重要な年を迎えている。
サンクトペテルブルグの日露戦争史料館からの要請で、5月11日に東郷平八郎元帥の軍服及び、付帯品と軍刀を、正確に複製し贈呈式典を開催した。ロシアでは最古の伝統ある 国立図書館にて開催したが、会場全体が満席となり、集結したメディアも歴史的な動きを、志向をこらし一斉に配信をした。
ロシア人の気質として、勝っても負けても、その記録をありのままに大切に保存し、後世に残す素晴らしい考え方を持っている。同史料館は、非公開であったが、多くの市民から問い合わせが殺到し、予約制が原則であるが、公開とならざるえなくなった。
[ 80号 ]<2018年は、ロシアにおける日本年間 日本におけるロシア年間と両国政府の重要な年を迎えている。そのような中、ウリヤノスク州 モロゾフ知事一行が福岡に訪れた。受け入れは、福岡県であるが、その前に ロシア連邦名誉領事 田村文彦との関係充実を図る。同州は、日本企業も進出し、安定した自治が行われ、田村文彦が所属するOPORA RUSSIA(全ロシア経済連合会)との関係も深く、いち早く 和気あいあいの中 会談、会食となった。 > ( レポート 制作 田村文彦 ・ 編集及び撮影 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ウリヤノスク州は、ボルガ河・沿岸諸国に位置し、大河ボルガ(全長3.530km)を挟んだ州である。モスクワから東南へ約800kmの地域である。同地域のボルガ河は、川幅は約5.300m平均で水深は河の中央部は約15mあり、タンカー、コンテナ船など、多くの船舶が航行している。しかし、11月中旬より、3月中旬までは、完全に凍り付き、冬の輸送は、陸地のトラック輸送に限られる。ボルガ河にかかる5.5kmに及ぶ橋を往来する物流の動きも活発であり、人口は約130万人 面積は、九州の島々を省いた本土とほぼ同じ面積。空港は、滑走路の幅が100m・滑走路の長さが5.000mの空港と、一般の空港がある。日本企業としては、工業系の企業が進出している。北方に位置するタタールスタン共和国:カザンには、日本総領事館もあり、ビザ申請の手続きも容易に出来る環境である。
[ 79号 ]<ロシアも日本と同様に糖尿病患者及び、その予備軍と呼ばれる人々が多い。薬やサプリメント以前に 食事療法にて健康で健やかな日々を過ごせるよう 両国の専門家がモスクワに集結し 調印締結が完了した。 > (レポート 制作 田村文彦・ 編集及び撮影 柴田敏雄 / 日本側コーディネート 大部正代 ロシア側コーディネートZinaida Medvedeva  Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
ロシアは、甘党文化の国であり、冬の季節も長く 運動不足の人々は多い。これまで3年の間、糖尿病、高血圧、ダイエット対策で、和食の普及に努めて来た。各・レストランを貸し切り、実際に調理を行い、健康に相応しい料理を試食してもらい、日本食の良さを具体的にアピールしてきた。国営ラジオ放送や、テレビでも多くの人々が視聴した。試食会には、病院関係者や、行政担当者など、多くの人々が集結し 賛同を得る。ペーパーだけの議論ではなく、食材の仕入れ~調理~盛り付け~試食と、誰もが理解し 試食をしてもらう方法を徹底した。今後、この方法を充実させ、レストランメニューや、入院患者向けの料理の普及に邁進する。
[ 78号 ]<APEC後のウラジオストックは、ゴミの無い美観都市に変貌 > ( レポート 制作 田村文彦・ 編集及び撮影 柴田敏雄 / ロシア側コーディネート Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
世界のメディアが報道する映像や記事とは裏腹に、港湾都市らしく 活気にあふれた光景を目にする事が出来る。日本に一番近いロシアの物流の一大拠点であり、多くの船舶と 連動する鉄道貨物及び、トラック輸送網によって、存在意義が益々 深まっている。又、 シベリア鉄道の出発駅でもあり、第二次世界大戦以前には、多くの日本人が、この鉄道によって、モスクワを経由し、欧州へ旅立った。旧日本人街には与謝野晶子の碑も残っている。日本からは、成田及び関西空港よりウラジオストックを往復できる。このウラジオ ストックは渤海国であり、遣唐使派遣の時代、渤海国から大宰府~敦賀を経由し、奈良や京都の旧都に使節団を36回も派遣実績が残っている。
[ 77号 ]<ロシア連邦名誉領事就任の報告会及び、喜寿記念式典> ( レポート 制作 田村文彦・ 編集及び撮影 柴田敏雄 / ロシア側コーディネート Кравец Инга / 日本側コーディネート 阿部 修) 会員のみ閲覧可
徳川幕府末期、下田にて日露和親条約が徳川幕府と帝政ロシアとの間で締結され、162年の歳月が経過した。この間、日本人の名誉領事は就任の機会が殆ど無く、2015年11月23日にロシア政府が決定し、現在の日本で唯一となるが、田村文彦が第2代のロシア連邦名誉領事に就任した。
[ 76号 ]<日本とロシアの大学間協定 先達が創り上げて来た歴史 若い世代が創り上げて行く未来志向の時代へ向けて・・・学術分野には国境は無い。> Автор текста: Тамура Фумихико
Редакция и фото: Сибата Тосио(柴田敏雄), Инга Кравец    会員のみ閲覧可
Данный доклад повествует о том, как благодаря содействию почетного консула России Тамура Фумихико было положено начало взаимодействия в сфере науки между японским университетом Soka University и Дагестанским Государственным Университетом (Россия, г. Махачкала).
В мире политики существуют государственные границы, но их нет в мире науки. Гуманитарные обмены очень важны для развития международных связей, но именно сотрудничество в научной сфере играет огромную роль в их становлении. Данный доклад затрагивает тему сотрудничества между университетами России и Японии в научной области.
Среди японских высших учебных заведений, наиболее долгосрочные отношения с университетами Советского Союза, а после и России, поддерживают два университета: Tokai Daigaku (Университет Тоkай) и Soka Daigaku (Университет Сока). Последний ВУЗ имеет особенно прочные связи с различными российскими учебными заведениями на всей территории страны. Оба университета, прикладывали огромные усилия для сохранения этих связей до сих пор, и невозможно не оценить, чего им это стоило, учитывая значительные изменения в СССР и России во второй половине ХХ века.
Японская система образования представляет собой пирамидальную систему, на вершине которой находится контролирующие инстанции. Раньше она была представлена Министерством культуры, а в настоящее время это Министерство образования, культуры, спорта, науки и технологий. Во времена холодной войны, когда Советский Союз позиционировался США как вражеское государство, развитие каких-либо отношений было крайне сложным делом. Очень радует, что нашлись люди, сумевшие в непростых исторических условиях взять на себя роль связующего звена и поддержать развитие научных обменов между университетами. Не будет преувеличением сказать, что оба эти университета навсегда оставили свои имена в истории отношений Японии и России.
[ 75выпуск ]<Этот год можно назвать стартовым в деле запуска системы по переработке мусора в России. Чистая территория, красивые улицы городов – вот какую цель мы преследуем, начиная этот проект.> Для этого важно определить, каким образом будут перевозиться мусорные отходы из жилых домов, предприятий и больниц? Для этого важно определить, каким образом будут перевозиться мусорные отходы из жилых домов, предприятий и больниц?
Автор: Тамура Фумихико
Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио  Координатор-переводчик: Кравец Инга

Только для членов организации
На территории России, самой большой в мире стране, площадь которой превышает США в 2,5 раза, проживает 140 млн. человек. Вероятно, именно из-за больших территорий, проблема переработки мусора не считалась приоритетной задачей. Однако пришла пора, когда откладывать её решение становиться невозможным. Создание мер в отношении решении проблемы мусора является насущной необходимостью, прежде чем вредные вещества со свалок попадут в подземные воды, угрожая и нанося вред как растительному и животному миру, так и здоровью людей. Этот 2017-ый год является отправным для России в деле создания системы по переработки мусора. При условии финансирования, строительство заводов по сжиганию мусора возможно в каждом регионе, но каким образом этот мусор будет перевозиться до мест переработки – вот на какой вопрос еще предстоит найти ответ. В этом докладе Сибада Тосио на конкретных примерах, основанных на 50-летних достижениях Окада Кадзуё в деле переработки мусора, описывает реальное положение дел в Японии. Мы надеемся, что этот доклад окажется полезным источником информации особенно для россиян.
[ 74号 ]<ロシアはゴミ処理リサイクルシステムの本格稼働を迎える元年と言える。綺麗な国土と、美しい街並みを目指した展開が始まる。>
―その為、家庭や企業及び病院から出るゴミをどのように運搬するか、プロジェクトが始まるー ( レポート 制作 田村文彦・ 編集及び撮影 柴田敏雄 / ロシア側コーディネート Кравец Инга / 日本側コーディネート 岡田和代) 会員のみ閲覧可
世界最大の国土を有するロシアは、アメリカ合衆国の2.5倍の面積に1憶4千万人の人々が暮らす。ゴミ処理対策は、国土が広いがゆえ、あまり重点課題になりにくかった。
しかし、これ以上 放置する事が出来ない時期を迎え、ゴミ処分場から出る有害物質が、やがて地下水となり、あらゆる動植物や人々の健康に悪影響が出る前に対策を余儀なくされている。この2017年度は、ロシアにとって、ゴミ処理リサイクルシステムの元年を迎えている。各地域にゴミ焼却棟を建設する事は資金さえあれば、だれでも建設は可能だが、 各家庭や企業及び病院から排出されるゴミをどのような方式で運搬するのか、模索の段階である。このレポートは、岡田和代氏が50年の実績に基づいた具体的な事例によって、現場サイドで柴田敏雄がリアルに描いたものである。特にロシアの人々にとって、大いに参考になる事だろう。
[ 73号 ]<和食のロシア普及術 ・ ロシア住民を巻き込んだゴミ処理リサイクル・対馬海戦から112年 バルティック艦隊母港で献花と文化交流> ( レポート 制作・編集 柴田敏雄 / ロシア側コーディネート Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио  Координатор-переводчик: Кравец Инга
日本食普及健康センターの開設がロシア南部でスタートした。本場 日本の味を学んだ人物が多くの関係者を集結させ、式典は粛々と進んだ。この模様は国営放送が取材し、翌日に特集で放送された。
又、同地域にて、ゴミリサイクルの稼働に向けた意見交換会も実施され、医療廃棄物処理や、モデル地区を選定し、行政機関・住民・ゴミリサイクル企業が連携する環境美化のスタートラインが決まる。
 今から112年前、日本海海戦(対馬海戦)で、戦ったバルティック艦隊司令長官 ロジェストビンスキー提督のひ孫を2015年11月に対馬、宗像、佐世保、大分県竹田市へ案内した。2016年11月に引き続き、この3月に団長 田村文彦(ロシア連邦名誉領事)を中心にサンクトペテルブルグのクロンシュタット地区(バルティック艦隊母港)へ出向き、献花を実施した。日本側からは、東郷家も参加した。この動きは、チャンネル24と言う放送局が取材して居り、その映像は、3月26日に全ロシアへ放送されていた。
安部首相VSプーチン大統領との首脳会談も密接となり、両国の交流も活発になり始めている。そのような時代背景の中、文化交流も深みを増して来た。
[ 72号 ]< 和食の世界戦略 ・ 地道な日露民間交流>
―健康にふさわしい和食をロシア全土へ普及活動―
( レポート 制作・編集 柴田敏雄 / 日本側コーディネート 阿部 修 / ロシア側コーディネート Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
第二次世界大戦後、72年の歳月が流れ、時代は大きく様変わりした。終戦後、日本人の殆どが栄養失調に見まわれ、苦しい時代を生き抜いていた。そうした環境の中、米国主導で、日本人の健康管理体制が敷かれた。見本地域として福岡県糟屋郡久山町が選定され、住民全体の日々の暮らし・食生活・病気やケガなどを含めて詳しいデータ取得が行われた。中心となった九州大学医学部と、久山町の住民が連携を取り、56年を迎える。ちょうど、50周年の年、世界保健機関(WHO)も視察に訪れる等、有名な久山町へロシアから医療団を案内した。病気になってからの治療よりも、病気になる前から予防医療の推進が理想であり、ロシア医療団は、帰国してプーチン大統領に報告がなされている。そのようなタイミングを元に、入院患者用の病院食も含めて、ロシア側も少しづつではあるが動き始めた。
この動きは地道ではあるが、日露の国民が共通した話題でありテーマでもある。そのようなテーマを前提として、ロシア側から栄養学専門課程を学んだ専門家を日本へ呼び、本場 日本の和食を基礎から指導する体制を敷く。このレポートは、その一面を描いたものである。
[ 71号 ]<投棄されたゴミは、お金になる!> ( レポート 制作・編集及び撮影者 柴田敏雄 ・ 阿部 修・ Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
ロシアに於いて、一般の家庭から出るゴミや企業から排出されるゴミ等、ゴミ処分場に廃棄されているのが現状であるが、日本では、国民全体でゴミ処分の在り方について対策を進めて来た。そのような対策の一部始終のシナリオを、平野昌司氏が、ロシアの環境をよくしたいと望む研究者達に解りやすく解説した。大きな反響となった。 
Утилизация отходов может стать доходным бизнесом В России проблеме утилизации бытовых и промышленных отходов уделяется пристальное внимание. При этом в Японии вопрос правильной утилизации отходов решается практически всем населением. В ходе организованного в сентябре с.г. при участии депутата городского собрания г.Кобе Хирано Масаси (平野昌司氏) семинаре российским специалистам были даны пояснения относительно того, как проблема утилизации отходов решается в Японии.

[ 70号 ]<国立ダゲスタン大学85周年記念式典へ出席> ( レポート 制作・編集及び撮影者 柴田敏雄 ・ 阿部 修・ Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
ロシア連邦名誉領事の田村文彦氏が出席した。同氏は、OPORA RUSSIA FUKUOKA(JAPAN)の会長でもあるが、国立ダゲスタン大学第8代名誉教授でもある。
露日間の民間交流を積極的に進めて来た人物でもある。ロシア南部の各・国立大学や、カスピ海沿岸諸国に位置する国々から、国立大大学の学長達がマハチカラに集結した。
ゲストの中で、第1番目に田村文彦氏が基調講演を行った。
О церемонии, посвященной 85-й годовщине основания Дагестанского государственного Университета
На состоявшейся в сентябре с.г. в г. Махачкала церемонии, посвященной 85-й годовщине со дня основания Дагестанского государственного Университета, присутствовал почетный консул Российской Федерации в г.Фукуока, председатель фукуокского отделения общественной организации «Опора России» Тамура Фумихико (田村文彦氏), который одновременно является почетным профессором вышеупомянутого Университета. В церемонии приняли участие ректоры университетов юга России, руководителя высших учебных заведений ряда прикаспийских государств. На церемонии Ф.Тамур,а выступил с лекцией.

[ 69号 ]<第2回 健康に良い日本食の試食会をモスクワで開催> ( レポート 制作・編集及び撮影者 柴田敏雄 ・ 阿部 修・ Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга 
ロシアも日本も、国民の健康志向対策で色々と試行錯誤が続いている。露日間での違いは、平均寿命の違いであるが、ロシアでは糖尿病・高血圧・慢性的な胃や腸の悩みを持ち続けている人々が多い。又、女性に多い便秘や、ダイエット志向が多いものの、サプリメントを服用し、あたかも快復しているだろうと思い込み、自己暗記になっている人が多いのも現実である。
そのような悩みをサプリメントや薬に頼らず、基本的に解決する為には、日頃の食生活によって、笑顔で過ごせる家庭生活を目指すべきである。健康に良い日本食の指導育成を行っている大部正代氏が中心となって、第2回目は、9月21日に大都市モスクワ中心部で試食会を開催した。多くの有識者が集結し、本場の日本料理(健康増進食)を試食し堪能した。この動きは、国営放送チャンネル1でもドキュメントで放送された。

О проведении в Москве второй презентации японского здорового питания
И в Японии, и в России здоровью населения придается первостепенное значение. При этом, однако, наши страны различаются как по продолжительности жизни, так и по характеру заболеваний. Так, в России наиболее часто диагностируются диабет, гипертония, нарушения функций пищеварительного тракта. В этой связи в последние годы в Российской Федерации растет интерес к различного рода диетам, БАДам, пищевым добавкам и т.п., которые, по преобладающему мнению, призваны улучшить ситуацию. Однако ни БАДы, ни лекарства не в силах кардинально повлиять на здоровье человека так, как это может сделать здоровое питание. 21 сентября 2016 г. в Москве состоялась очередная, уже вторая по счету, презентация японского здорового питания, проведенная известным японским диетологом госпожой Оба Масаёси (大部正代氏), в ходе которой собравшиеся смогли познакомиться с процессом приготовления и отведать блюда аутентичной японской кухни. Данное событие освещалось российскими средствами массовой информации.

[ 68号 ]<ロシア連邦 名誉領事へOPORA RUSSIAFUKUOKAの会長 田村文彦氏が就任した。> ( レポート 制作・編集及び撮影者 柴田敏雄 ・ 阿部 修・ Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
ロシアと日本に於いては、161年前 1855年2月7日に現在の神奈川県で下田条約が締結された。ロシア側は、Admiral Jevfimij Vasil'jevich Putjatin 日本側は、徳川政権の大幹部で、日本側全権の川路聖謨(かわじ としあきら)が調印締結を行う。今年は、下田条約以後、161年目を迎えたが、日露間の文化、学術、経済等、本格的な夜明けを迎える時節に、OPORA RUSSIAFUKUOKAの会長 田村文彦氏が、日露間に於いて、第2代「ロシア連邦 名誉領事」へ就任した。
˂Президент «Опора России» Фкуока, Тамура Фумихико, вступил в должность почетного консула Японии в России˃ Между Россией и Японий 161 год назад, 7 февраля 1855 г., ныне в префектуре Канагава был заключен Симодский договор. С российской стороны он был подписан вице-адмиралом Ефимом Васильевичем Путятиным, а с японской стороны – уполномоченным японской стороны руководства правительства Токугава, Кавадзи Тосиакира. В этом году, когда мы отмечаем 161-ую годовщину подписания Канагавского договора, в период подлинного рассвета культурных, экономических и др. отношений между нашими странами, Тамура Фумихико, президент «Опора России» Фкуока вступил в должность почетного консула Японии в РФ».

[ 67号 ]健康で笑顔の絶えない家庭生活の為、第1回健康増進 試食会をロシアで開催 ( 制作者 田村文彦・レポート 編集及び撮影者 柴田敏雄 ・ 日本側調整 阿部 修・ロシア人のコーディネート及び、現地調整 Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
ロシアの6月はジュンブライトと言うように天候に恵まれた季節であるが、この2016年は雨も多く、地球温暖化の影響と思うが、ロシア滞在中はほとんどが雨となった。日本とロシアの国民が主食する食べ物によって、糖尿病・高血圧・消化器系疾患・ダイエットで悩んでいる人々も多い。そんな悩みを解消する為の試食会をロシアで開催した。第1回目は、ロシア南部のダゲスタン共和国(マハチカラ)で実行した。料理そのものは約50名分を調理し、出席した方々は初めて試食する健康に良い日本食に大変喜んで頂いた。
ダイエット及び、大腸に一番良い食べ物として「こんにゃく料理」には驚かれていた。特に国立ダゲスタン農業大学は、「こんにゃく」の試験栽培をぜひ実施したいと表明。又、保健社会開発省も、初めて試食し、大変美味しく、ぜひ 共和国内の病院食に採用したいと力強く表明されていた。

[ 66号 ]2016年4月14日(木)日本・ロシアの医療交流 ―ひとりの医師(医療法人透現:理事長 藤井利雄氏)が日露の医療交流を橋渡し― ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ スケジュール調整Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
О развитии контактов Японии и России в сфере медицины и важном вкладе одного из японских докторов.

Доктор Тосио Фудзии начал регулярно посещать столицу и регионы России как раз в тот период, когда началось активное реформирование системы здравоохранения в РФ. В 2008 году он побывал в г.Чебоксары, где сам министр здравоохранения Республики Чувашия показал ему новейший Центр хирургии. С тех пор доктор Фудзии много раз встречался с коллегами из России, посещал тяжелобольных пациентов, проводил лекции и выступал на различных семинарах и форумах.
Благодаря его стараниям в настоящее время сотрудничество России и Японии в области здравоохранения активно развивается. Многие японские врачи по примеру профессора решили поехать в Россию, а русские специалисты получили возможность посетить японские клиники и получить ценные знания и опыт. В настоящее время многие из них общаются друг с другом по электронной почте.
За огромный вклад в развитие сотрудничества наших стран в области медицины доктор Фудзии получил благодарственную грамоту от первого председателя организации ОПОРА РОССИИ С.Р. Борисова.
ロシアの医療改革が本格的にスタートした時期、日本の医師 藤井利雄氏がモスクワ及び、周辺地域へ訪問を繰り返す事となった。2008年 チボクサリーでは、オープン前日に最新鋭の医療テクニカルセンターを保健大臣の案内で視察したり、長く生きる事が難しい白血病の患児を慰問したりと、医療現場中心で視察と各地域の医師達との交流や講演を続け、以後 数多く熟して行った。又、医師 藤井利雄氏は、幾度となくロシア全域から来日する医師達にも快く迎え入れ、医師同士の交流が益々、深まって行く。
医師 藤井利雄氏は、露日間の医療交流が、まだ少ない時期より真剣に活動を続けた結果、現在では露日の医療交流が益々盛んになって来た。医師として、人々の健康と長寿を願った行動は心に沁み入る。
国境を越えた医療交流は、やがて大きく広がりを見せ、日本側の医師達も、医師 藤井利雄氏の地道な活動があったからこそ、以後 初めてのロシアを訪問する医師達が次々と現れて来た。現在、露日の医療従事者達は、当たり前の如く、E-Mail等で頻繁と情報交換を 繰り返している。
そのような活動に対して、ロシアの経済団体であるOPORA RUSSIAの初代会長Mr.Sergey R.BORISOVが、真摯に受け止め、医師 藤井利雄氏へ「感謝状」を贈呈した。

[ 65号 ] 2016年3月3日(木)中村学園大学で健康プログラム実施 ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ スケジュール調整 阿部 修・日本訪問 ロシア人のコーデネートКравец Инга) 会員のみ閲覧可
Автор: Тамура Фумихико Подготовка доклада и фото: Сибата Тосио Организатор мероприятия: Абэ Осаму Координатор-переводчик: Кравец Инга Материал доступен только членам Общества
2016年3月3日(木)09:30~16:00まで、中村学園大学に於いて、Ms. Margarita Korolyovaや、・Ms.Volkva Natalia(皮膚科医)と、 Mr.Korolev Aleksandrの3名が、 大部正代教授(福岡県栄養士会々長)の招きで、日本のダイエット及び、健康に良い和食を実際に調理し、試食等、総合的なプログラムを体験した。そのプログラムをNHKが独占的に取材を行い、当日の昼から夜にかけてニュースにて配信された。 中村学園大学は、今から53年前 第二次世界大戦の復興から抜け出した時期に、米国の予算(当時、日本円で3億円)で、日本人の健康な生活を改善する為、日本で唯一選ばれた福岡県粕屋郡久山町の住民全体の健康診断をスタートする。九州大学医学部と組み、 平均的な日本人の健康問題の解消と健やかな生活を維持する為、現在も継続的に行われている。このデータは、WHO世界保健機関や、世界の医学界では、この「久山方式」の動きはあまりにも有名な話として受け継がれている。
3 марта 2016 года доктора из России - Королева Маргарита, Волкова Наталья и Королев Александр принимали участие в диетологическом кулинарном мастер-классе в Университете Накамура Гакуэн по приглашению профессора Обэ Масае, главы Японского союза диетологов. Программа включала приготовление полезных блюд японской кухни из диетических продуктов. Мастер- класс снимала съемочная группа телекомпании NHK, и в тот же день сюжет был показан в выпуске новостей. Университет Накамура Гакуэн 53 года назад, когда страна только восстановилась после Второй мировой войны, занялся обследованием здоровья жителей города Хисаяма префектуры Фукуока. Этот проект был запущен при финансировании США и его бюджет составлял около 300 миллионов иен. Целью проекта было решение проблем, связанных с состоянием здоровья, и улучшение качества жизни населения Японии, а город Хисаяма был выбран как среднестатистический населенный пункт. Этот проект продолжается и в наши дни, и активное участие в нем принимает медицинский факультет Университета Кюсю. Данный проект, названный специалистами ВОЗ Hisayama community study, широко известен во многих странах.
[ 64号 ] 2015年11月6日~7日 日本の和食は、世界の無形文化遺産に登録され、世界のブランドとなった。 又、健康を求める人々にとって、益々 和食の需要が広がりを見せている。 ロシアの人々にとって、誰もが願う 健康で健やかな生活を過ごす事は、自然な成り行きであり、日頃の食生活に和食を取り入れる家族や友人達が増大した。 ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ スケジュール調整 阿部 修・日本訪問 ロシア人のコーデネートКравец Инга) 会員のみ閲覧可
OPORA RUSSIA FUKUOKA(ОПОРА РОССИИ FUKUOKA)は、日露交流の一環として、2015年5月 ロシアより、病院経営陣が来日し、病院食(入院患者)の調理から配膳までの動きを視察した。2015年9月 中村学園大学教授・福岡県栄養士会々長 大部正代氏が、モスクワ及び、ダゲスタン共和国の栄養研究所・国立病院や民間病院を視察及び、講演を実施した。その上で、11月6日に糖尿病や高血圧等、健康を害している人々の為の健康食を多種に渡り調理し披露した。ロシアでもすぐさま取り入れられる調理法を伝授した。 
[ 63号 ] 2015年 10月 31日~11月6日 日本海海戦(対馬海戦)から110年目 帝政ロシア バルティック艦隊司令長官ロジェストヴィンスキー提督のひ孫と、日本連合艦隊司令長官 東郷平八郎元帥のひ孫が、時空を超えた記念行事に出席した。 ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ スケジュール調整 阿部 修・日本訪問 ロシア人のコーデネートКравец Инга) 会員のみ閲覧可
日露和親条約締結から160年 ・日露戦争から110年 ・第二次世界大戦から70年と、この2015年は節目の年となった。明治以降、ロシアとの交流記録は、公式記録から除外され、断片的な記録が時々浮上する。そのような時代背景に於いて、OPORA RUSSIA FUKUOKA(ОПОРА РОССИИ FUKUOKA)は、110年目の記念行事を実行した。対馬市・宗像市・佐世保市・竹田市と交流の輪が広がり、歴史の1ページに刻む事が出来た。
[ 62号 ] 2015年 9月 6日~12日 Moscow & Makhachkala Report ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ 現地スケジュール調整 Кравец Инга 準備期間のスケジュール調整  阿部 修) 会員のみ閲覧可
大部正代氏(中村学園大学教授・福岡県栄養士会々長)は、初の訪露となり、日露間の栄養士が初めての出会いとなる。両国の栄養学に基づいた会談は、有意義な内容となり、近未来へ向けての歴史的な1ページ目として刻み込まれた。食生活の改善について大いに語り合った。
[ 61号 ] 2015年 6月 11日 一般社団法人西日本工業倶楽部(重要無形文化財)での講演 ( 制作者  田村文彦 ・ 編集及び撮影  柴田敏雄 ・ 準備期間のスケジュール調整  阿部 修・編集補助 Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
一般社団法人西日本工業倶楽部(重要無形文化財)での講演は、昨年6月の駐日ロシア大使館総領事 Mr. OLEG N.Ryabovに続き 2回目となった。
今回は、ロシアを知り尽くしたロシア歴29年の朝妻幸雄:ОПОРА РОССИИ FUKUOKA 副会長が登段した。長年、経済活動を続け、その実績に基づいた講演は、参加者全員の瞳や耳が釘づけになった。
[ 60号 ] 2015年 6月 3日 〜9日  日本海海戦から110年が経過し、ロシア側遺族子孫の会メンバー達と交流が始まる。 ( 制作者 田村文彦 ・ 編集及び撮影 柴田敏雄 ・ 期間中のスケジュール調整 Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
110年が経過した“今” 対馬海戦・遺族子孫の会(サンクトペテルブルグ)関係者達と、   日本側では、日・露海軍が激戦を繰り広げた海域で、戦死した英霊達に冥福を祈る為、 慰霊碑を建立し、供養する関係者達(Mr.Fumihiko TAMURA:OPORA RUSSIA FUKUOKA)との出会いが実現し、交流が始まった。
Воздвижение памятника японской стороной ( основатель: Фумихико Тамура, председатель ОПОРА РОССИИ в ФУКУОКА)предоставило возможность отдать дань погибшим героям Цусимского сражения, а также по прошествии 110 лет начать общение между российскими и японскими потомками воинов.
[ 59号 ] 2015年 5月 18日 〜24日  ロシア連邦ダゲスタン共和国使節・福岡滞在記 ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ 現地スケジュール調整 Кравец Инга 準備期間のスケジュール調整  阿部 修) 会員のみ閲覧可
ロシア連邦ダゲスタン共和国より福岡へ4名の来客があった。最新の医療現場の視察や、エネルギーに付いての意見交換、 健康に良い和食について、熱心に視察を行い、直視した現状を土産に帰国した。今後、糖尿病や、高血圧・肥満症に役立つ 和食文化が現地に浸透するだろう。
[ 58号 ] 2015年 3月 1日 〜7日 Visit to R U S S I A ( 制作者 田村文彦 ・編集及び撮影 柴田敏雄 ・スケジュール調整 Кравец Инга / Magomed ALIEV) 会員のみ閲覧可
2015年3月上旬 モスクワ及び、ダゲスタン共和国のマハチカラを訪問する。目的は、難病の子供達及び、障害児を対象とした歯科治療の最前線の現状を特別講演する。講演を行ったのは、日本を代表する緒方克也博士と、上原進博士が担当した。 又、国立ダゲスタン大学の第8代 名誉教授にOPORA RUSSIA FUKUOKAの田村文彦氏が就任した。モスクワの日程調整は、Ms.Irina EROKHINA・Ms.Lebedeva Nadezhda N.が対応し、ダゲスタン共和国に於いては関係者の全面的な協力の上、全日程を全うする事が出来た。全体のスケジュール調整はКравец Ингаが取りまとめた。
[ 57号 ] 2015年 2月 1日 〜 2月 7日 極寒のモスクワ ( 制作者 田村文彦 ・編集及び撮影 柴田敏雄 ・スケジュール調整 Кравец Инга) 会員のみ閲覧可
パウダースノーが煌びやかに舞う“白銀の舞台”/ ロシアを語るには冬を経験しないと語れない!このモスクワ滞在では、 ロシア科学アカデミー生物医学諸問題研究所(国際宇宙ステーション管理)との出会いや、 Mr.Магомед Алиев (генеральный директор компании Дагестанская энергосбытовая) 関係者とのビジネス戦略の一歩を記した。
Текст и фото: Сибата Тосио
Перевод: Кравец Инга
Информация предназначена только для членов организации
[ 56号 ] 2014年11月1日~7日 ロシア連邦ダゲスタン共和国メンバー 日本滞在記 ( 制作者  田村文彦  ・レポート 編集及び撮影者  柴田敏雄 ・ スケジュール調整 Кравец Инга 準備期間のスケジュール調整  阿部 修) 会員のみ閲覧可
ロシア連邦 国立ダゲスタン大学 学長等、5名が来日した。目的は、日本海海戦戦没者慰霊碑1周年記念式典への出席・次世代新燃料装置の視察等、きめの細かなスケジュールを消化した。想像以上の見聞であった。初の来日となった。
[ 55号 ] 2014年10月2日 ロシア連邦ダゲスタン共和国・モスクワ・ヤロスラブリ州訪問団 帰国報告会 ( 制作者 田村文彦・編集及び撮影 柴田敏雄 ・編集補助 阿部 修 ) 会員のみ閲覧可
8月29日~9月6日迄の9日間の旅であった。
目的は「次世代新燃料ビジネスの契約」「ロシア繊維産業へのテキスタイルの提供」「切り花及び鉢物植物の輸出計画」「日露観光ビジ ネス分野の契約」等、有意義な滞在となった。訪問地域は、カスピ海に面し、石油・ガス・石炭・鉄鉱石等の天然資源豊富な地域の タゲスタン共和国の実情と今後の事業展開。1000年前からの古い都と工業地帯を有する特異な地域のヤロスラブリ州訪問。同州は 世界遺産「ロシアの黄金の環」等、世界的に有名な地域であり見どころも多い。ロシア国内の中でも生活環境が最も安定した地域で ある。そのような地域に、日本経団連加盟企業が最も注目している。今回、訪問したメンバーが集い、福岡市庁舎会議室 15階の会 場で、帰国報告会を開催し、出席した地元財界・地方自治体メンバーが耳を傾けた。
[ 54号 ] 2014年8月下旬~9月初旬 移り変わる世界・ロシアの今  2014年初秋版 ( 制作者 田村文彦・編集統括者 柴田敏雄・編集補助 阿部 修・スケジュール調整 Кравец Инга ) 会員のみ閲覧可
世界の覇権がいよいよ音を立てて変わろうとしている。数年前まで、他人事のように思っていた人も、この変わり行く世界を直視出来るするようになり、今までの常識が、消え去ろうとしている。
米欧日のマスコミは、益々プロパガンダの傾向が強くなり、どのマスコミ報道が真実か、至難の業と言える。ジャーナリズムはどこへ行ったのか?悲しい限りと言わざる得ない。やはり、自らの目で確認する事が何よりも真実である。米欧日が配信するロシア対ウクライナ情勢は大きく偏りが見え隠れしている。真実は一つであるが、今回のロシア訪問に総勢14名が現地に足を入れる。滞在中に見聞きした現実と、報道が配信する内容と直視する現実とのギャップが大きく言葉を失っていた。
[ 53号 ] 2014年7月14日 2014年6月の出来事 ( 制作者 田村文彦 ・編集統括者 柴田敏雄 ・スケジュール調整 阿部 修  Кравец Инга ) 会員のみ閲覧可
2014年6月は、慌ただしい日々であった。日本の工業地帯を代表する北九州の工業会や北九州商工会議所と組み、駐日ロシア連邦大使館の総領事が特別講演会を実施した。又、伝統的にロシアと関係を持つ佐賀県有田町も有田商工会議所・有田観光協会・有田町が連携し同じく特別講演会を実施した。
世界の政治、経済が大きく変貌を遂げる今、世界の生情報をいち早く取り入れ、企業組織の指針を構築しなければならない時期を迎えている。
「ルビコン川を渡る」と言う言葉を言わなくてはならない時代背景になった。日本国内だけで報道される情報では、世界と向き合うビジネス交流は難しくなっている。このレポート「6月の出来事」は将来像を正確に描く指針となりそうだ。
[ 52号 ] 2014年5月18日 ハバロフスク&ウラジオストック訪問レポート ( 制作者 田村文彦  編集統括者 柴田敏雄 / 編集補助 阿部修  スケジュール調整 Кравец Инга ) 会員のみ閲覧可
私達は、日本の有識者達に良く申し上げる会話がある。“ロシアは、自らの目で確認しなければならない。他から聞いたロシア情報を鵜呑みにしない方が良い”と言い続けている。
 ロシアは芸術豊かな国であり、豊かな文化が備わっている。色彩も鮮やかであり、子供服や女性の服装を見ると一目瞭然に理解出来る。私共は、そのような色彩の中で日々を過ごし、日本に帰国すると、少し地味な色彩が街中に氾濫している事に気づく。文化の違いが判る瞬間でもある。各美術館に入り、絵画を見て回ると、いつの間にか、絵画に魅了されている自分自身にはっとする事も多い。今回は、久しぶりにハバロフスク及び、ウラジオストックに滞在し、日本やモスクワでは、時々御会いしているものの、友人達の地域に足を入れるのも久しぶりであった。“春”真っ盛りの台地は、淡く豊かな光と色彩が知らず知らずに目の中に飛び込んで来る。いつしか心安らかな気持ちに変わり、花々が咲き誇る春爛漫の季節であった。
[ 51号 ] 2014年4月9日 日露フォーラム IN FUKUOKA VS  佐賀 ( 制作者 田村文彦・ 編集統括者 柴田敏雄 ・スケジュール調整 阿部修、クラベツ インガ ) 会員のみ閲覧可
Afanas'yev駐日ロシア連邦大使は就任後、初の九州訪問は、2013年11月3日に開催した福岡県宗像市大島の日本海海戦戦没者慰霊碑建立式典に続き、2度目の公式訪問として、九州の財界人との日露フォーラム開催を目的としたものであった。時代背景の中、出会いとタイミングを重視した九州を代表する財界人が集結し、歴史に刻む日となった。日露両国の国歌も、チャイコフスキー音楽院本科出身の日本人ピアニストが花を添え、フォーラムの締めくくりとして、精華女子高等学校吹奏楽部の記念演奏で幕を閉じる。翌日は、佐賀県庁への表敬後、有田焼の有名窯元を相次いで訪問した。
[ 50号 ] 2014年3月26日 モスクワ訪問記(レポート50号記念) ( 制作者 田村文彦・ 編集統括者 柴田敏雄 / 編集補助 阿部修 ・スケジュール調整 クラベツ インガ ) 会員のみ閲覧可
レポート制作50号の節目に相応しい、モスクワ訪問となった。米露双方で繰り広げれる宇宙開発・航空工学の熾烈な開発競争でリードする大学や、世界の石油・ガスの指導者を数多く輩出している大学との共同研究・ロシア政府要人が使用するレストランにて、ロシアを代表する有識者達との夕食会等、過去の訪問では味わえなかった素晴らしいモスクワ滞在となった。その雰囲気と、耳元で声が聞こえて来そうなレポートとなった。
[ 49号 ] 2014年3月20日 ロシア最大の銀行 ツベルBANK 副総裁(OPORA RUSSIA 評議会議長)
    セルゲイ・ボリソフ氏一行 福岡滞在レポート (制作者 田村文彦・ 編集統括者 柴田敏雄 ・スケジュール調整 阿部修、クラベツ インガ ) 会員のみ閲覧可
ウクライナ情勢の悪化がメディアで配信されるようになった時期、日露投資フォーラムが東京で開催された。
日露政府共に、大臣の出席が中止となり、副大臣クラスの出席で開催となる。同投資フォーラムには、1000名近くの参加者で盛り上がりを見せる。そのような動きの中、日本の伝統文化と、本格的な和食を 堪能する為、ロシアの有識者8名が福岡へ滞在した。日頃、会う機会が無いメンバーばかりである為、九州を代表する有識者と、非公式ではあるが、有意義な会食が行われた。
[ 48号 ] 2014年1月 OPORA RUSSIA FUKUOKA・ロシア紀行 ( 制作者 田村文彦  編集者 柴田敏雄 ・撮影補助 阿部 修 ) 会員のみ閲覧可
[  意外に知られていないロシアの素顔  ]
一般社団法人OPORA RUSSIA FUKUOKA 田村文彦です。当組織は、日本とロシアの友好親善、学術及び文化、経済交流を盛んにして 交わりを深めて行き、ビジネス展開がスムーズに行くよう日露の中小企業応援の為の団体です。
今回、「 ロシア紀行 Ⅰ. 」を発行し、ロシア連邦の社会や経済、人々の日常生活について解りやすくご紹介させて頂きます。
私共は全ロシアをテリトリーとして活動を開始して21年、法人として動き始めて10年が経過致しました。ロシアの風物詩を庶民の目から見たありのままの現状を解説致しました。
[ 47号 ] 2014年1月 医療法人 透現 理事長 藤井利雄氏 ロシア交流記 (制作者 藤井利雄  編集及び撮影 柴田敏雄 / 編集補助 阿部修) 会員のみ閲覧可
ロシアへ6度の訪問と、ロシア医療界の重鎮達が、医療法人透現(老人保健施設・白石)に3度の来訪が御座いました。
今回は、過去5年間では御座いますが、モスクワの医療現場を中心に日露医療交流を深めて来たその蓄積に付いて報告をさせて頂きます。
又、2012年6月7日には、ロシア連邦アストラハン州にて、多くの医療現場の医師・看護師へ“医療から介護 そして生活支援へ”の講演を行い、夕暮れに北西の空に「白い龍」が頭青首尻尾は黄金で美しく、赤く燃えて天に昇って行きました。
その日は生涯忘れる事が出来ない日となりました。
[ 46号 ] 2013年11月 OPORA RUSSIA FUKUOKA評議会議長 セルゲイ・ボリソフ氏 日本滞在写真集 (制作・編集 柴田敏雄 / 編集補助 阿部修) 会員のみ閲覧可
OPORA RUSSIA を10年もの間、率いて来たセルゲィボリソフ会長も2012年11月に後進に会長職を引き継いだ。
世界規模のネットワークに拡大し、国内分野は、引き継いだが、インターナショナル部門は引き続き、ボリソフ会長が 大諸侯所の立場でリードしている。2013年度はハードなスケジュールの中で、7月及び11月に日本へ訪問した。その際の滞在記録の写真集である。多くの肩書きを持ち、多くの人々に取って無くてはならない重要人物である。 日露間のビジネス展開に大きな存在である。
[ 45号 ] 適齢男女の求めるもの・生活感(ロシアと日本)(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
日本人にとって、隣国にも関わらず、近くて遠い国だったのがロシアであった。日本人のロシアに対するイメージは決して良くなかった。政治的な要素が強かった為、良いイメージは無く、悪いイメージだけが先行していた。しかし、時代背景が変化し、マスコミ報道も4~5年前から大きく変わり、人々の暮らしも映像や雑誌・新聞等で見る事が出来るようになった。日本とロシアを頻繁に往来する中で、ロシアの若者達の“今”や、近い将来、求めるパートナー像や家族愛等を、リアルな形でレポートした。日本人が知らないロシアの若者像を、ここに紹介する。
[ 44号 ]   3 ноября 2013 г.  Памятник, установленный на о. Осима г. Мунаката 2013年11月3日 福岡県宗像市大島 日露海戦・戦没者慰霊碑建立記念式典(ロシア語版) Текст и фотрепортаж: Сибата Тосио Перевод: Кравец Инга (制作・編集・撮影者 柴田敏雄)
Нажмите на русскую весию доклада и Вы сможете увидеть все сраницы. 「 このロシア語版レポートへクリックすると全ページを見る事が出来ます。 」 
В качестве доказательства японско- русской дружбы и мира, мы установили памятник, посвященный Цусимскому сражению, которое состоялось 108 лет назад в ходе Русско-Японской войны в водах Цусимского пролива. Мы не зря выбрали под памятник именно это возвышенное место, из которого открывается прекрасный вид на Цусимский пролив.
Этот мемориал даст нам возможность молится за упокоение душ жертв этого сражения и за мир между нашими странами, придавая новый светлый импульс нашим двухстороним отношениям.
В этом сражении погибло 4830 россиян и 117 японцев. Тела погибщих русских
моряков приносило течением к берегу близ города Мунаката, где их находили и
хоронили местные рыбаки. При этом они понимали, что это солдаты, воевавшие
против их страны. Но, невзирая на это, они, как положено по буддистским канонам,
бережно предавали земле найденные в море и на берегу останки.
К великому сожалению, этот факт человеческой добросердечности почти стерся со страниц истории, и, возможно, следующее поколение могло о нем не узнать. Мы решили, что нельзя этого допустить, ведь добросердечность и тепло человеческих отношений – самое ценное чувство в нашем мире, и такие исключительные примеры гуманизма необходимо бережно сохранять и передать потомкам.
У каждого из нас есть мысли и чувства, и когда их разделяют наши близкие, знакомые, а также люди, живущие с нами рядом, то тогда мы становимся ближе друг к другу. Любовь к своей семье порождает любовь к родному городу, любовь к городу – почитание своего края, и как следствие, - патриотизм, любовь и уважение к своей стране, а также углублению дружеских отношений со страной - соседом.

Текст и фотрепортаж: Сибата Тосио
Перевод: Кравец Инга
[43号] 2013年11月3日 福岡県宗像市大島 日露海戦・戦没者慰霊碑建立記念式典(日本語版)(制作・編集・撮影者 柴田敏雄 / 編集補助 阿部修)
*このレポートは、クリックしますと全ページを見る事が出来ます。
日露平和友好の証として、108年の出来事だが、日露戦争時、対馬海峡で戦火を交えた「日本海海戦」が行われる。対馬海峡が一望できる最高な場所であり、この台地から見る広範囲な海域が一望でき、つわものどもの戦った海が眼下に見渡せる素晴らしい台地である。
多くの戦死者が出たこの海峡に、日露の平和を祈願した記念碑建立式典を開催出来た事は、。将来に向けた両国関係に明るい兆しが灯る事だろう。
ロシア側の戦死者4830名・日本側の戦死者117名の戦死者が出る。多くのロシア側戦死者の遺体が、複雑な海流の流れにより、福岡県宗像市の沿岸部に漂着した。漁師達を中心に、地域の人々が宗教の違いや敵味方の区別なく、死んだら全て「仏様」と、仏教に基づいた考え方で、多くの戦死したロシア兵を、丁重に埋葬された。
このような地域の人々が「心」で対応した出来事は、残念ながら、歴史の渦(うず)に埋没して行き、現代に生きる我々の世代をもって消え去ろうとしています。
このような温もりのある「情」や「心の灯」(ともし火)が、消えゆく事だけは、回避しなくてはならない。地域に暮らす人々の一人として、とても小さな考えを集結し、共感し合い 人々の輪が広がれば、やがて大きな輪となる。「家族を思う心」、「町を思う心」、「地域を大切にする気持ち」は、やがて「国を思う気持ち」に変化する。その暁(あかつき)には、「隣国との友情」が深まって行く事だろう。
制作・撮影及び、編集人 柴田敏雄
翻訳者 Кравец Инга(クラベツ インガ)
[42号] 2013年8月 宗像市大島 日露海戦・慰霊碑建立地鎮祭< 安全祈願祭 > 写真集。(制作・編集 柴田敏雄)
この写真集(全7ページ)はクリックすると見る事が出来ます。
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[41号]2013年7月 ミャンマー訪問記・特別編(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
2013年7月1日 OPORA RUSSIA FUKUOKAと、日本ミャンマー事業株式会社と業務提携の締結を行った。その上で、同じユーラシア大陸に存在するミャンマーにも目を向ける為、ミャンマー政府の考え方や将来像について直接確認する為、初めての訪問となった。ミャンマーでは、ビジネスに於ける流通システムが遅れて居り、その構築が急がれる。現在、あたりまえのように行なわれている日本の流通システムでは歯車が合わない。日本の大手企業や、資金的に体力のある中小企業以外では厳しい環境下にある。逆に、余裕のある企業が進出し、約3年ほど維持できれば大きな事業展開になるだろう。軍事政権の骨格が色濃く残る同国は大きく変革の時代を迎えた。日本からも多くのビジネスマンが戦略的な動きを開始したが、安定した資本力が無いと厳しい面もある。今回の訪問は、滞在中 ブローカーを介する事無く、政府関係者と直接会談を重ねた。
[40号]2013年7月 モスクワ訪問記(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
世界的なエネルギー需要が拡大している中、エネルギー開発に不可欠な専門家育成で揺るぎない地位を誇るグビキン石油・ガス大学と、次世代の新燃料研究で進み始めた。 又、ロシアでは数少ない民間の専門病院の一つで、高度な手術、化学療法及び、その他の先進治療法を使用して、様々な癌患者の治療に焦点を当てた専門病院と連携。現在のところ、モスクワ(1.300万人)では、一番大きな民間のがんセンターとして君臨し、現在、ヨーロッパ及び、イスラエルのがんセンターと共同医療活動の締結を結び、医療活動の充実に努力を重ねている。 1930年に開設され、83年の歴史を誇る整形外科病院”Institut Krasoti" と連携。ソ連時代は国営であり、全ロシアで唯一の中心的な形成外科及び美容関係の機関でもあった。当時は、政治家や有名芸能人・トップクラスの有識者の為に開設された病院であった。当病院の特徴は様々な新しいエステ関係の製品や商品をロシア市場に出す為、当クリニックで試験及び実験を済ませれば、許可書が発行出きる。こうしたルートが我々の前に登場した意義は大きい。ロシア市場を狙っている日本の健康食品業界やエステ業界には、明るいニュースとなるだろう。
[39号]2013年5月 オーポラヘルス Usyakova会長 来日レポート(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ロシアの医療分野は、旧:ソビエト時代の残存物であり、民主主義体制に変わり21年が経過し、あらゆるインフラ整備が進む中、医療システムは置き去りになって来た。
医療システムの向上が待った無しの状況に直面している。人々の健康に関する分野は、ビジネスとは違う世界である。と、言うイメージが今尚強く、今までは健康分野に対する考え方や医療サービスと言う文化が芽生えにくかった。現在、ロシアの医療分野は国の補助金で稼働して居り、民間病院とは違い当然と言えるが、損益分岐点勘定は慢性的に赤字体質と言える。医療分野の体質向上を目指すには、新たな設備を導入し、建物や医療部門全般にインフラ整備を断続的に実行しなくてはならない。又、人々の健康や生命に関わる重要な分野である以上、ヒューマンファクタが重要なテーマであり、医療に従事するスタッフが自分の職業に対しての考え方等を見直しなければならない端境期にあり、急ピッチで進められている。
[38号] 2013年3月 ロシア一行 日本訪問 日本滞在レポート(制作・編集 柴田敏雄 / 編集補助 阿部修) 会員のみ閲覧可
国際宇宙ステーション(年間90tの水が使用されている)での使用を含め、九州のSGEウォーターの共同研究及び、医学的検知を深める為、合意に基づき契約に至った。ロシア科学アカデミー医学生物学諸問題研究所は、九州で採取される「SGEウォーターは、昨年来 モスクワに於いて3度の協議を重ねて来た。同時並行的に科学的成分の分析も具体的に行なって来た。ロシア科学アカデミー医学生物学諸問題研究所副所長 Dr.Oleg I.ORLOVは、現場視察も行い、3月15日に調印・締結が行われた。
福岡国際会議場で、「第49回日本腹部救急医学会総会」が、開催された。特別基調講演者としてロシア科学アカデミー医学生物学諸問題研究所副所長 Dr.Oleg I.ORLOVが壇上からスピーチを行なった。
[37号] 第2回 宗像・大島 慰霊式典 写真集(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
1905年5月27日に戦った日露海戦で戦死したロシア兵4830名・日本兵117名の尊い命を慰霊する為、2013年3月12日に福岡県宗像市大島にて、地元住民の方々も参加して頂き、第2回目の慰霊式典を開催した。私共は、日露の友好と交流を深める事に邁進し、ブリッチ役の動きを行う者として当然の事と思っている。ロシアの方々にとって屈辱の歴史で有り、口で表現する事もためらう事と良く聞いている。しかし、108年も経過した現在、私共は、宗教も考え方も肌の色も全て違う人間であるが、ひとりの人間として、心だけは大切にしなければならない。亡くなられた英霊は、今も福岡県宗像市大島の沖合で漂っている。安らかに永眠して頂く事が私共の望みである。
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[36号] 激動の2013年 大きく変わる世界経済(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
我々は、この数年、ロシア側からも多くのロシア人を日本へ受け入れている為、我々が、モスクワ訪問をするのは、平均3か月に一度のペースとなった。我々が、モスクワへ訪問する度に、ロシア側の関係者と会談及び会議を行うが、彼らが発言する言葉の意味や表現が大きく変化し、先進国に近づいた内容に変化し始めた。
現在、1.300万人口の大都市モスクワでは、世界中の有名ホテルから地元勢経営のホテルまで、数多くのホテルが点在しているが、殆どのホテルが満室続きで、諸外国からのバイヤーや出張者の宿泊で溢れている。なぜか、日本人は見かけない。
我々が滞在中、G20財務相・中央銀行総裁会議がモスクワで開催され、麻生財務大臣、白川日銀総裁が参加した。又、15日AM9:14にウラル連邦管区のチェリアビンスク州 (州都チェリアビンスク・コペイスク・コルキノ)に落下した隕石が約1.200名の負傷者を出した。日本のマスコミでは、ソチオリンピックに向けたスポーツ競技を含めて、ロシアの映像が数多く報道された。この動きは、過去67年間に於いて、日本の新聞やテレビ報道でロシアがクローズUPされた事は、長くロシアを往来する者にとって記憶が無い。
[35号] 2012年11月度 モスクワ レポート(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
今回のモスクワ訪問では、富士電機の開発メンバーも同行した。ロシア科学アカデミー医学生物諸問題研究所の所見として、ロシアにも自動販売機は必要であり、医療技術の研究等を進めて行く中で、広大な国土に薬を普及させる為に、必ず具体化する段階に於いて、自動販売機の生産技術が必要になる。その段階では、必ず出番があると表明された。 同研究所の課題は宇宙飛行士の安全であり、薬を主に研究をしている。宇宙飛行士の健康を重視するが、薬のとりすぎも良くない。宇宙ステーションの中で必要とする飲料水に内村大海氏が提案する水(奇跡の水)を宇宙飛行士に飲ませたいと考えている。分析を進めているが、放射線的な実験検証にて、あまりにも良すぎる結果がでている。医学的な治療に使える結果が出た。放射線医学、宇宙、癌治療にも大いに役立つ。お互いに協力関係が出来たので、回数を重ね具体的な取り組みにして行く事で合意した。
又、橋爪 誠教授は、世界で始めて胃がんのロボット手術を成功させ、ダヴィンチ導入の実績もあり、福岡―バンコク(4,000Km)間の遠隔手術を成功させている。出血の少ない、患者にとって負担の少ない外科手術を目指している事等、同研究所にとって大切な存在となった。特に、「プレホスピタルケアロボット」の開発や、遠隔で急病者の処置と蘇生等を行えると同時に、主治医が状態を把握し治療支援できる遠隔手術ロボットは大変な興味を示した。素晴らしい技術等を宇宙船にて実現させたいと表明される。科学アカデミー側でも研究しているが、共同で宇宙船への搭載に向けて研究をしたい。宇宙飛行士の生命に係わることを優先していく。また、太陽系以外へ人を送ることも想定しているが、宇宙船内での医療は10年以上前からの課題であり、是非、推進をしたいと表明を受ける。
[34号] 2012年10月度 モスクワ及び、アストラハン州 レポート
国際宇宙ステーション内の健康問題について(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ロシア科学アカデミー医学生物学諸問題研究所は1963年に創立した。ガガーリンが宇宙へ初飛行した時の専門家達が民間開発研究所として創設した。宇宙船に長期滞在の場合、発生する病気の問題、船内で病気が発生した場合、その対処について、宇宙生活に関する(無重力、衛生、生命保持)問題等の研究を地上でシュミレーションを含め実施している。飛行士の安全問題については、放射線から身を守る事、急病対策等が喫緊の課題である。特に、盲腸等の急病対策が急務となっている。宇宙開発実験で得た情報を、人間の体内構造に対して地上で活かす為の研究開発を行っている。診断の為の機械、不自由な体になった者・脳卒中患者用の洋服、運動不足の人の為に健康増進ノウハウ等を開発し実用化している。同研究所は、宇宙食・水・体温計を全て作っている。バイオ、オゾン調査は地上で行い、筋肉を使用しない時の調査も行っている。
OPORA RUSSIA FUKUOKA訪問団の提案に対して、免疫力を高める為の天降水(SGE ( Super Grouth Energy ) Stone&Waterの使用を検討。又、急病対策も含め、将来的に国際宇宙ステーションでも治療支援が出来るよう、遠隔医療の共同研究の提案を受けた。(まずは地上のシュミレーションセンターで共同研究)
[33号] 2012年8月度 ロシア連邦アストラハン州 
医師チーム初来日レポート(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
8月27日 モスクワを07:00に出発した7名のドクターは、KE924便で、一路 韓国Inchon空港へ28日09:05に到着した。予定では、14:15発の福岡行きに搭乗予定であったが、当日、台風15号の直撃のあおりで、Inchon空港は事実上 閉鎖に追い込まれていた。 同空港は、ハブ空港として、韓国人だけでは無く、日本・中国・台湾・ロシア東部の空港と直結して居り、通過する乗客が全て足止めを余儀なくされていた。  空港内は、座るイスさえも不足し、乗客の多くが、通路や床に座るしか方法が無かった。携帯Telにてその光景はリアルに伝えられて来ていた。あこがれの日本に初めて訪問するのに、すぐ側の韓国で立ち往生してしまった精神的な思いは、携帯Telから聞こえる声で理解出来た。次第に連絡が入る度に疲れが増し、声のボリュームも下がって行った。 28日は閉鎖である為、29日の07:00のKE787便には搭乗出来るよう席の確保も奪い合いに近い状況となるが、フライト時間は、結局 12:30発となり、出発前に7名全員がチェックイン出来たと連絡が入り、ほっとした事が昨日のように蘇って来る。結果として、Inchon空港に27時間トランジットする事となり記憶に残る忘れられない日本訪問となった。
[32号] 2012年6月度 モスクワ及び、アストラハン州訪問(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
大規模森林火災消火技術では、自然環境の生態系を維持しながら対応出来る技術を世界の基礎研究では群を抜く、 バウマン・モスクワ工科大学との共同研究や、日露の医療現場で患者達に向き合うドクター達と協力関係の構築。
ロシアの人々が不安視する病状を確認する為、「日露共同健康診断センター」を具体的に行う拠点設置の開設準備を 行う事で合意した。
日本が今後、外国人の医療ツーリズムに力点を置いているが、「日露共同健康診断センター」の存在は大変大きな 「核」となるだろう。アストラハン州では、知事会見・大臣会見・先端医療設備を備えた各・病院の視察と ドクター達との現場の意見交換等、時代背景に即した動きであった。テレビ放送も全ロシアへ各局共に放送された。
[31号] ロシアへの思い(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ロシアと日本を年間3~4回往復している。ロシア側からも年間1~3回程度であるが、私のエスコートで来日する。 ロシア人の心と日本人の心は同じように温かいものを感じる。
日本とロシアとの関係が深まって行く切っ掛けは、日本の大黒屋光太夫と思う。
1782年12月に日本の港を出港した船が嵐に遭遇し、アリューシャン列島のアムチトカ島に漂着した。 生き伸びる為、どうしたら帰国出来るか、大黒屋光太夫は、日本へ帰還する為、アムチトカ島から 漂着した木片で作った舟で島を離れる。途中 徒歩・ソリ・馬車等を使用して大陸を横断した。 其々の街へ移動中、カムチャッカに於いて探検家のジャン・レセップと久しい友人となる。 彼は、スエズ運河を開削したフェルディナン・ド・レセップスの伯父である。
サンクトペテルブルグのツァールスコエ・セローにて、エカチュリーナ2世に拝謁がゆるされ、 帰国の許可がでた。帰国する専用船を手配して貰い、1792年に10年ぶりに日本へ帰国した。 なぜ、このような内容を記入するのかと思うであろうが、大黒屋光太夫や同じ船の仲間達が、 広大なロシアを横断するに当たり、寝食の世話をロシアの各地で人々から受けている事だ。 色々な出会いと交流があったと想像するとロシア人の温かさが伝わって来る。
[30号] OPORA RUSSIA 先進技術の見聞及び取得研修の旅・アジア編(JAPAN)(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
2011年10月下旬に、OPORA RUSSIA の会長Mr.Sergey R.BORISOVから電話連絡が有り、歯科の優秀なメンバー達を日本へ訪問させたいと伝えて来たのが始まりであった。
 2012年1月にモスクワへ訪問時、4月に来日したメンバーの内、3名とOPORA RUSSIA 本部にて御会いした。その時点で訪日を4月中旬に設定する事で合意する。医療の世界は奥が深く、歯科部門の世界は皆目理解していなかった為、日本国内で活躍する多くの有識者や自治体関係者にアドバイスを頂き、白紙の状態から準備を開始した。 いよいよ4月16日からロシア歯科医師チームが来日した。今回の準備期間に出会った方々等、多忙な中、正義感で応援をして頂く。厳しい時代を迎え、大変な折柄、お金では買えない人的交流と友情が広がる。これも偏に関係者の温かい心が結集し素晴らしい日程となる。
[29号]OPORA ZDOROVIA(Health) 開設記念レポート(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
この新しい組織は、全ロシアを対象に健康な暮らしが出来るよう医療改革の一旦で組織化された。OPORA RUSSIA FUKUOKAは、いち早く、日本側の窓口として同組織と業務提携の契約を交わした。同組織は、プーチン首相、メドヴェージェフ大統領の承認の上、Opora Russiaの姉妹組織として、OPORA ZDOROVIA (Health)と言う名称で2011年12月29日に開設された。
[弱者救済]
日本の病院と、ロシアの病院の違いとして思う事は、大きく異なる。地方の病院に家族や友人が入院する場合、永遠の別れと思っている人々が多くいたことも現実であった。
ロシア保健社会開発省では、平均寿命の向上と健康で健やかな生活が出来る環境充実を急ピッチで図っている。
◆ロシア医学アカデミー国民研究センター「ペトロフスキー外科センター」を訪問し、院長以下 幹部ドクター達と具体的な内容の会談を行った。
編集・制作 柴田敏雄
[28号]OPORA RUSSIA FUKUOKA ロシア連邦 医療改革推進メンバーが、日本の先端医療現場を真剣な眼差しで視察する。(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ロシアでは、手つかずだった医療全般の改革に着手し、国民の健康と長寿(平均寿命:男性60歳・女性72歳)を願いつつ 医療改革に全力で取り組み始めた。全ロシアには国立病院しか無かったが、民間病院の普及と最新鋭の医療機器の 入れ替え・医療サービスの充実をロシア政府(保健省)主導で計っている。
ロシアは米国の2.5倍の国土を有し、医療改革に不可欠なものとして通信インフラ網の充実から逃げる事が出来ない。
その大切な計画と推進の為、医療改革のリーダー達が来日し、日本の先端医療技術でロシアの医療をより良き方向に 導こうと具体的に動き出した。
 日本の自治体や医療産業に従事する関係各位は、声をかけられるのを待つのでは無く、率先して行動を 起こした自治体及び団体や企業に光が指す事だろう。今回のレポートは今までに無く日本の先端医療に絞り込み ロシア医療改革推進メンバーのリアルな動きに焦点を当てた為、レポートのページ数も厚みが増した。
編集者 柴田敏雄
[27号]OPORA RUSSIA FUKUOKA ロシア連邦バシコルトスタン共和国&モスクワ訪問記(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
鉱物資源、原油、鉄鉱石、金鉱山等、豊かなバシコルトスタン。
ロシア最古の製鉄所は244年の歴史を持ち、職人技が光る。その光景には頭が下がる。
・各、化学プラント工場は世界の市場へ製品供給を行う。自然豊かな地域であり食糧 供給基地でもある。5.000年の歴史を持つ蜂蜜採取地域で有り、宇宙ステーションにも 常食用の蜂蜜を供給。モスクワでは、腎臓移植最前線の現状の確認と、ドクターと 具体的な内容で意見交換。
・放射能測定器の第一人者とガイガーカウンターについて取扱いの説明を受ける。 どれもこれも日本に取って宝の山である。
日本の隣国で有りながら、なぜ?日本は動かないのか。
OPORA RUSSIA FUKUOKAはロシア側の立場でも有り、窓口である為、独自に進めて行く。
このタイミングで出会った企業及び団体は面白い事業展開になるだろう。
[26号]OPORA RUSSIA FUKUOKAロシア国立バウマン・モスクワ工科大学(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
同大学の名称は世界のブランドでも有り、OPORA RUSSIA FUKUOKAは同大学と連携し、 日本の中小企業が共同研究等を通じ世界の市場で競争出来るようになれば大変素晴ら しい事である。
時代は大きく変化して居り、日本の中小企業が拠点を持つ地域の行政機関や地方自治 体は、 地域の発展と活性化の為、是非 応援しなければならないと考える。
同大学は、工学各分野の基礎研究と応用項目水準の高さには驚かされる。
世界の航空工学界で戦闘機や爆撃機の開発で著名な研究者アンドレーイ・ニコラーエ ヴィチ・トゥーポレフ(ツポレフ)や、 ロシアの主要航空機メーカーの創始者バーヴェル・スホーイ、 ソビエト初のロケッ ト開発及び、 大陸間弾道ミサイルを世界に先駆けて開発した宇宙開発の中心人物セルゲイ・コロ リョフ・その他、 宇宙飛行士多くがOBである事、学校設立の間もない頃、ロシアの科学者で元素の周 期率を制作し 世界に発表したドミトリー・イヴァノヴィチ・メンデレーエフが教鞭を取っていた。
[25号]OPORA RUSSIA FUKUOKA 「日露の物流」(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ロシアは、地球の陸地全体の1/9を占め、言わずとも世界最大の国土である。
日本の45倍・アメリカ合衆国の2.5倍と地球を半周する広さだ。東と西とでは、 10時間の時差を持つ。
日本でもおなじみのシベリア鉄道は、ウラジオストックからモスクワまで、 走行距離は9297キロメートルで旅客列車でも7日間かかる。
昭和初期から戦後の混乱期までは、日本の官僚や文豪・芸術の関係者は、 このシベリア鉄道でヨーロッパを往復していた。
ロシアは広軌の線路(1.435メートル)を使用しているので揺れが少ない。
日本では新幹線の線路幅と同じである。(ちなみにJRの線路幅は1.067メートルの狭軌) モスクワからサンクトペテルブルグ間では、旅客列車の場合、 所要時間は4時間から6時間でダイヤが組まれている。夜行寝台列車では 約8時間30分かけて走行する。
よって、貨物輸送では、早いもので、2割程度の所要時間が増す。
各方面より中心地モスクワへ物流が吸い寄せられる。

[24号]医療分野のイノベーションの方向性に関する「OPORA RUSSIA」(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
第1回 露・日フォーラムが4月25日~27日の3日間モスクワに於いて開催された。(日本チームは医療関係者を中心に25名)
同フォーラムでは、医療分野における経験の交換、並びに相互協力の方向性などについて協議された。
4月29日 18:00より6分間に渡り、「医療分野のイノベーションに関する第1回・露日フォーラム」全ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社(国際放送部門局から放送された。このラジオ放送は、開局82年の歴史があり、1942年に日本語放送が始まる。現在、32カ国の言葉で放送されている。往年のスター女優の岡田嘉子もアナウンサーを務めた事もある。
[23号]モスクワおよびバシュキーリ共和国レポート IN 2010年12月(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
「今回の訪問では、混沌とした日本経済の中、日本の中小企業と、ロシアの中小企業間で、連携を計り事業推進を進めるべき行動を行なって来た。
北九州の中小企業を代表して、北橋健治・北九州市長より、ロシア最大の企業家集団(OPORA RUSSIA :加盟企業50万社)会長と、バシコルトスタン共和国(資源豊かな国)大統領へ親書を手渡す。 久留米大学の薬師寺道明学長から医療を通じた交流を計る為、OPORA RUSSIA会長及びバシコルトスタン共和国大統領へも親書を手渡す。
[22号]OPORA RUSSIA ・九州訪問記 2010年11月1日~7日(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
この夏は、ロシア西部を中心に6 月中旬から8 月20 日頃まで、ロシア観測史上初めての 2010年は、世界経済が大きく変化する端境期を迎えている。200年続いた英米の覇権も消えようとしている中、世界の潮流に乗り遅れた感を持つ日本は、荒波に揉まれ、窮地に立たされてしまった。
そのような中、台頭する中国は、弱くなった米国を尻目にアジアの覇権を確立する為、排他的経済水域を日本沿岸までラインの引き直しを始めている。 日・中間に於いては、既得権益の撤廃問題や日本に対する歴史的なナシュナリズムで、属国扱いの黄な臭い不安定な時を迎えている。今後、不合理な問題が山積する可能性が高くなって来た。
そのような最中に、ロシアで活動する日本企業は大きな利益を上げ始めている。まだまだ一部ではあるが、ロシアの国民性や考え方を理解し、活発な事業展開を行っている。日本企業として不透明な時代を乗り切って行く為にも隣国・ロシアへ視線を向け行動を開始する事をお勧めする。
[21号]モスクワレポート IN 2010 年8 月(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
この夏は、ロシア西部を中心に6 月中旬から8 月20 日頃まで、ロシア観測史上初めての 猛暑に見舞われる。35℃以上の気温で多くの人々が体調を壊す事となった。 山火事等でオキシダント濃度が上昇し、二酸化炭素濃度も高く、都市部の空港も視界が 低下し航空機の離発着に影響を及ぼした。 例年、この時期はバカンス(夏休み)の時期でもあり、多くの人々は黒海沿岸の避暑地 や地中海沿岸地域に移動した。
[20号]ロシア連邦:ウラジオストック・ハバロフスク 経済視察団訪日レポート(制作・編集 柴田敏雄) 会員のみ閲覧可
ロシアからの経済視察団は福岡・熊本・宮崎とハードなスケジュールではあったが、 すぐさまロシアで事業展開が出来るものばかりで喜んでいた。寒冷地でのマンション 建設・農業畜産物対策・駐車場建設と運営、港のメンテナンス対策、防犯監視システ ムなど、将来を見据えた旋風が起こる。視察中から注文をする団員も出る等、日・露 の企業同士の連携が始まった。
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